OPINION

言葉はツールでしかない

最近すごく考えていたことです。

言葉は自分の考えやイメージを伝えるためのツールにすぎない、言葉だけでは伝わりきらないこともあるだろうし言葉の裏にはその人の経験や思いや考えが詰まっているかもしれない。

特に、精神性について勉強すると言葉では表現できない世界があり、それをその人なりの解釈で伝えていることが溢れているんだなと本を読むことで特に思いました。

人によってはわかりやすい表現も違います。

同じ言葉で話をしてもわかる人はわかる、わからない人はわからない。

本を読む以外にもコミュニケーションで言葉はツールでしかないと思うことがたくさんありました。

特に移住してから関わる人のなかには、育った環境や考え方が違う人もたくさんいます。

話をしていて、この人は私が話したことの言葉の先のイメージをわかってくれているなという人もいれば、話した言葉通りの表面的な部分でしか理解できてないだろう人もいます。

おそらく移住前までは言葉の先のイメージまで共有できている感覚になることが多く、いわゆる気の合う人が多かったと思います。

移住してからは気の合わない人との関わりが増えました。

正直、これのおかげで仕事も大変な思いをしました。

大変だったからこそ、物事の抽象度についてより学んで考えるようになったり、人によって見えている世界が全く違うことにも体感を持って気付くことができました。

私は移住してからの協力隊として働く3年は修行の一環だと思っています。

修行というとキツイ、ツライというイメージもあり避けたい、楽しくないと思う方も多いかもしれませんが、今の私にとっては必要な過程のひとつとして捉えています。

たしかに、しんどい思いをすることや悩むこともありますが、それを乗り越えたあとはたくさんの学びを体感が伴った形で吸収できるので結構楽しんでいます。

キツイ、ツライも深層部分の自分が望んで体感していることなんだという感覚です。

話が逸れましたが、言葉はコミュニケーションのツールでしかなく、今私が書いている人もわかる人にはわかる、わからない人にはわからないかもしれません。

私は今不特定多数に向けて書いているので、なるべく多くの人がわかるような形で文章を書いたほうがいいと思っています。

おそらく、私のブログを読んでいる方々は移住に興味があったり、私の考えと近かったりと、とにかく変わっている人が多いと思うので、ここでは引き続き好き勝手書いていきたいと思います。

気になることがあればご意見お待ちしています。