OPINION

幼少期のトラウマ体験と自己承認欲求

本を読んでいて気づいたことでした。

孤独について書かれた本で、孤独を感じる大きな原因に最初の人間関係である親子関係があります。

・親が過度に強かったり、厳しかったり、怖かったりすると子どもは委縮する
・親に必要以上に『こうあるべき、こうしろ、なぜこうならないんだ』と言われ続けられると冒険できなくなる
・過保護でも親に依存して、外部に触れたとき傷つき脆くなりやすく、他人の目を気にしやすくなる
・世間的評価を気にする、保守的な家や環境だと、どうしても周囲の目が気になってしまう

過保護の項目以外はほとんど当てはまります。

さらに最悪なことが、なぜか幼稚園のときに仲間外れにされ、小学生でも仲間外れ、いじめ、嫌がらせをされるという、散々な幼少期を味わっています。

自己承認欲求が得られず、孤独を感じていたんだと思います。

今でも『ありのままの自分』を受け入れてもらうということに違和感があります。

中学生になると、知り合いが全くいない環境になったこともあり、小学生のときのリーダーのような人になろうと、誰かを演じることでいじめや仲間外れを防ごうと思うようになりました。

今思い返すとサバイバーとして自分を守ることに必死できつい人になってしまったこともあり、結局うまくいかなくなり中学生の時知り合った人で友達と呼べる人はいません。

このような親子関係や幼少期だと冒険できない、人の顔色を必要以上に伺う、柔軟性や自由さがなくなると本では書いてありました。

当てはまることもありますが、当てはまらない項目の方が多いです。

自分の中で、なぜこんな幼少期を過ごして自分を保てているのか疑問に思いました。

振り返ったときに思い当たる転機は音楽番組に出演していたUVERworldの曲を聞いたことでした。

たまたまTVをつけっぱなしにしていたとき、UVERworldの浮世CROSSINGという曲が耳に入ってきました。

私は少し聞いて直感で『これは運命の出会いだ』と確信しました。

この曲と中学2年生の頃出会って、私は私でいいんだ、みんな戦いながら生きていて私だけがつらいんじゃないとそのとき初めて思うことができました。

私にとって社会で生きるということはどう辛い思いをしないで済むか、どう生き抜くかしか考えていなかったように思います。 

自覚はなかったですが、ずっと戦っていただんだと思います。

『ありのままが素敵』という歌詞を聞いたときが、初めて自己承認できた瞬間だったのかもしれません。

ここから、ありのままでいてもいいんだと思い、徐々に自分として生活できるようになってきて、自分自身の考えが形成されたのかなと思います。

孤独に関する本を読んで、学生の頃に好きだった音楽としか認識がなかったのですが、UVERworldの私に与えた影響を想像以上に大きかったこと、私にとてつもなくいい影響を与えてくれたことに気づくことができて感動しました。

UVERworldにはじまり、音楽にどはまりして、イギリスのメタルフェスにひとりで乗り込むくらいに冒険できるようにはなりました。

無意識で音楽を好きになりましたが、これだけ大きな影響を与えてくれていたからこそ、私は音楽にどはまりしていたのかなと振り返ることができました。

自己承認欲求や孤独感に囚われず、人から何言われてもいい、孤独でもいい、それでもやりたいことをひたすらやる!この割り切りを大切にしていきたいです。